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なぜみんなスターバックスに行きたがるのか?

スターバックスを分析した本ではありません。
原題は「a new brand world」。
ナイキとスターバックスのブランドマネージャーを歴任した著者スコット・ベトベリがブランド戦略について語っています。

ベトベリがナイキの広告部長に昇任したとき、ナイキはリーボックに抜かれて売り上げ規模でスニーカー業界では世界3位に低迷していました。

ナイキは当時、アスリート向けのブランドという位置づけでしたが、フィットネスの流行に対応するのが遅れ、その新しい市場をリーボックにほとんど占領されてしまっていました。
スポーツは本気でやる時代から、一般の人が健康のために楽しむ時代に変わっていたのでした。

そのときナイキ社内ではナイキブランドにたいして2つの意見が対立していたそうです。
・このままアスリート向けのブランドとして維持する
・過去の栄光にこだわってナイキブランドを狭く定義するのはやめよう

ベドベリは、自分が就任した直後に完成したスポットCMをボツにします(セールス・ミーティングでの反応が非常に良くなかったからですが)。
そして、急遽CMを作り直すために指示書として作成したクリエイティブ・ブリーフがこちら、

ナイキはいま、アメリカの三大ネットワークにおいて大広告主になろうとしている。1988年秋期には、「レボリューション」編の3倍近い広告費を投入することになっている。ついこのあいだまで陸上競技会の会場でステーション・ワゴンの後部ドアを開けてスポーツ選手相手に商売をしていた会社にとって、これは大きな転換点である。ここで間口を狭めて過去をふりかえっていてはいけない。
われわれはこれまでの業績を誇りに思うと同時に、「ヘイワード競技場」編(没にしたCM)が伝えるメッセージの狭さと、一般のスポーツ愛好家を疎外してしまう可能性とを認識しなくてはならない。ナイキ・ブランドは、純粋主義の殻を破って成長しなければならない……。自分たちだけに語りかけるのは、やめよう。いまこそアクセス・ポイントを広げるべきときなのだ。スポーツやフィットネスの価値を総合的スペクトルでとらえること。われわれは「レベリューション」編でそれを達成した。さらに次の一歩を踏み出す必要がある。

多少、冗長ではあるけれど、制作サイドのクリエイティブを阻害することなく、必要なことだけをいっていますね。

  • 広告費を3倍にする
  • いままでにない広告キャンペーンをしたい
  • ここを転換点にしたい
  • プロのアスリートではなく、一般のスポーツ愛好家にメッセージを伝えたい

これを読んだ広告会社は、かなりやる気が出たのではないでしょうか?
このブリーフに対して広告代理店であるワイデン&ケネディが提示した案が、その後ずっと使い続けられることになる
Just Do It !
でした。
このコピーは、プロのアスリートだけではなく、週末だけ体を動かすような一般の人に向けて、「いいからやってみなよ」という感じで背中を押す意味合いがあります。
ナイキは、これ以降、アスリート向けのブランドから、一般のスポーツ愛好家も含めたスポーツブランドへと方向を変えることになります。

ベドベリのブランド定義が、とてもよくブランドの実態を表していると思います。

ブランドとは、上手な戦略、下手な戦略、合格点以下の戦略、問題外の戦略の総和である。ブランドは、最高の商品によって定義されると同時に、最低の商品によっても定義される。秀逸な広告によって定義されると同時に、何かの間違いで企画が通り当然のように忘却の彼方へ沈んでいった最悪の広告によっても定義される。最も優秀なスター社員の業績によって定義されると同時に、最低の社員がしでかした失敗によっても定義される。受付嬢によって定義される。電話で待たされる顧客の耳に届く保留メロディによって定義される。CEOがいかに周到に用意された絢爛たる声明を読みあげようとも、廊下の立ち話やインターネットのチャットルームで顧客がぶちまけた嘲笑的なコメントによってブランドは定義されてしまう。ブランドは、内容を、イメージを、あるいは一瞬の感情を吸い取るスポンジのようなものだ。それは人々の記憶に焼きついた心理概念となり、そのまま永久に残るかもしれない。ブランドを完全にコントロールすることはできない。せいぜい、方向付けたり影響をおよぼしたりすることができるだけだ。

企業としては、ブランドアイデンティティを好きなように定義することはできても、実際に顧客や見込み客が抱くブランド・イメージを直接的に操作することはできないわけです。

エドベリは1995年から98年までスターバックスのマーケティング担当副社長をつとめます。
就任してすぐに着手したのは「スターバックス・ブランドの中核アイデンティティ」を探ることでした。

スターバックス・ブランドの中核アイデンティティは、すばらしいコーヒーを提供することよりも、むしろコーヒーとのすばらしい出会いを提供することである。言うまでもなく、最高級のコーヒー豆を正しく挽き、清浄な水を使い、適切な温度を保ち、きちんと時間を計っていれることは大切である。が、「ナイキ・ブランド」の本質がトーション・コントロールやミッドソール・クッシュニング・システムを越えたスポーツとフィットネスの歓びにあるように、スターバックス・ブランドの本質はエイブラハム・まずロー流に言うならば「コーヒー・ゲシュタルト」、すなわちコーヒーが熟成する雰囲気にあるのだ。

スターバックスは決してコーヒーが美味しいわけではないかもしれませんが、コーヒーっぽい雰囲気は確かにありますね。

重要なのは、スターバックス・ブランドの本質を読み解くことによって、いかに魅力的に見えるチャンスでもスターバックス発展のコンセプトに合致しないものには手を出さない、という原則ができたことであろう。

ところで、真意のほどはわかりませんが、「ブランド・マントラ」という言葉を使いだしたのはナイキにいた頃の自分たちだと主張しています。 ブランド・マントラというのは、ブランド・アイデンティティを簡潔な言葉で表現したものです。
ナイキでは「本物のアスレチック・パフォーマンス(Authnetic Athletic Performance)」というブランド・マントラが自然発生して使われていたそうです。このブランド・マントラが社内に浸透すれば、ナイキの製品は「本物でなければならない」「本物のアスリートの要求に応えなければならない」「最高のパフォーマンスを発揮しなければならない」という意識を共有することができます。
できるだけ簡潔な言葉でブランドの本質を従業員たちに伝える必要がある、というのは、マーケティングの用語で言うと「USP(Unique Selling Proposition)」とほぼ同等の意味があると考えていいでしょう。

ちなみに、スターバックスのブランド・マントラは

満足を味わうひととき(Rewarding Everyday Moments)

だそうです。
スターバックスはコーヒーが主力商品であるとしても、コーヒーを売る企業ではない、ということなのですね。
そう言う意味では、コンビニでスターバックス・ブランドの缶コーヒーを販売することは正しい選択なのだろうか、という疑問が生まれます。

本書には、ブランド・マネージャーの仕事に役立つ逸話やメッセージが沢山語られていますが、もっとも重要だと思うメッセージが「社員のブランドIQを高めよう」という一文です。

外の世界に対してつねにブランドの精神をアピールしつづけることは重要であるが、さらに重要なのは、まず内に対してブランド精神を表明し、機会あるごとにその努力をつづけていくことである。

ナイキの例もスターバックスの例も、ベトベリがブランドをゼロから構築したというわけではありませんが、ブランドが岐路に立っているときに再構築の後押しをしたのは間違いありません。
ブランドやマーケティングに興味がある方は一度目を通してみてください。