翳りゆく楽園
ビジネスの世界にはさまざまな「法則」と呼ばれるものがあります。
有名なところでは「80対20の法則」などを耳にしたことがあるのではないでしょうか。
「80対20の法則」というのは、例えば「売上の8割は2割のお客から得られている」ケースなど「全体の大部分を一部が生み出している」という状況をさす経験則です。
書店のビジネス書のコーナーへ行けば、ほかにもたくさんの「××の法則」を発見することができます。
それらひとつひとつが正しいかどうかを吟味するとはできませんが、これだけは確実に言えます。
「もしビジネスの世界に法則といえるものがあるなら、それは自然科学の世界でも見出せる」
逆に言えば、「自然科学の法則と矛盾するビジネスの法則はない」。
ビジネスの世界にもし法則と呼べるものがあるのなら、それは自然界の法則から逸脱してはいないはずです。
ビジネス活動や人の活動もまた自然界の一部です。
たとえどれだけ特殊な進化を遂げているように見えるとしても、わたしたちの生活や活動は生物全体の進化の延長線上にあります。
わたしたちの活動が進化の道筋とかけ離れてしまっているとしたら、それは人類には未来がないということです。
企業がある市場で生き残るのと、生物がある環境で生き延びるのに本質的な違いはありません。
・環境に適応できたか
・環境変化に適応できたか
だから、会社経営をギャンブルにしたくないかたには自然科学の素養が必要だと思うのです。
ビジネスの競争というのは、ある市場(環境)の中でのニッチの獲得競争と言い換えることができます。
ニッチの定義はなかなかやっかいだ。ニッチには、場所のニッチ(ある生物種が生息する場所)と機能的なニッチ(生物群集の中で、ある生物種が果たす「役割」なり、占める「地位」)があり、機能的なニッチはさらに栄養ニッチ(何を餌とし、何に餌とされるか)と資源ニッチ(ある生物種が生存のために使用する資源)に分けられる
ひとくちに「ニッチ」といっても奥が深いものですね。
市場に参入するということは、その市場の中でニッチを見つけるということです。
本書のテーマは「市場参入」です。
ただし、生物の世界での市場参入、つまり「外来種 v.s.在来種」です。
外来種によって、本来の自然がどれだけ破壊されたか、そして、そのうちどれだけ多くを人類が責めを負うのか?
端的に言えば、このような内容です。
具体的な破壊のあとを追いながら、では「本来の自然」とは何なのか、という哲学的な疑問を引きずりつつ進みます。
一般向けの書籍でありながら、内容はかなり細かいので、ハワイの自然などに興味がない方は、読んでも退屈かもしれませんね。
テーマは「市場参入」だと言いました。
つまり、新規参入組みがどのようにしてニッチを獲得するのか、そのケーススタディを読むことにもなります。
しかし、このような指摘もしています。
いずれにせよ、ある生態系の生物種間に生じる軋轢なり相互作用は非常に流動的でダイナミックなものであり、ニッチのような静的なコンセプトでは十分に説明できない。外来種の影響を考えるのに、ニッチ理論を持ち込めば、禅問答のようになる。外来種が入ってきて、あるニッチを占める以前に、そのニッチは存在したのか - 暇つぶしに考えるにはおもしろいかもしれないが、こんなことを考えても、外来種の影響を予知する上では役立たない。
「空きのニッチがあるかどうかは、誰にもわからない。ただ外来種が入って定着した時点で、そこに空きのニッチがあったのだといえるだけだ」
半分は頷けるのですが、残りの半分は素直に頷けない感じがします。
市場を漠然と見たら、たしかにそこにニッチがあるかどうかはわからないでしょう。
でも、外来種の目でみたらどうでしょう。
たとえば、グアムの在来の鳥をほとんど絶滅させたミナミオオガシラヘビの目でみたら?
グアム島に自分の居場所があるかどうか、わかるのではないでしょうか?
ローウェルをご存知でしょうか。
ローウェルは火星に運河を発見し、知性の高い火星人がいる、少なくともシャベルを持った火星人がいるという説を発表して有名になった人です。
しかし、ローウェル以降、火星の運河を観測したものはいませんでした。
そして、最近になって、彼が残したメモを調べたところ、運河の正体がわかります。
ローウェルが見ていたのは、火星人が建設した運河などではなく、網膜だったのです。
望遠鏡の開口部に写っていた自分自身の網膜を、運河だと思い込んでしまったのです。
このように、私たちが見ているものというのは、往々にして私たちが見ている「と思っているもの」です。
従って、とくに科学者は自分が見たものをどう評価するかについてはとても慎重になります。
たとえば、どのようにすれば仕事で成功できるかをテーマに研究するとします。
その解答を得るのに一番楽な方法は、成功した人たちにインタビューして、共通する要素を抽出してみることです。
世に氾濫するビジネス本や自己啓発書の多くはこの類いです。
それどころか、たったひとつの成功例をもとに普遍的な成功の法則を提唱する本などもあります。
外来種の研究者は、自分たちの研究にこうした偏向が入りがちなことをすんなり認める。外来種研究では、わかっていることの多く、理論になっていることの多くが、新たな環境にうまく定着した生物種のケーススタディにもとづいている。侵入に失敗した種は、ほとんど痕跡を残さずに姿を消してしまうからだ。失敗したケースがよくわかっていないのに、なぜ成功したかを自信たっぷりに語るのは難しい。
本書を読むと、見ることと同時に、見えないことを知ることの大事さを学ぶことができます。